どうも、だらだらです。
僕は「あれ」とか「それ」と言う言葉がメチャクチャ嫌いだ。
こう言った言葉を指示代名詞と言うんだけど、僕はこの言葉をとても苦手としている。
でも一般社会では、この指示代名詞を使う人がすごく多いんですよ。
僕が一般社会を苦手としているのは、健常者の多くが指示代名詞を使っているからかもしれない。
職場でよく言われる言葉に、「あれをやっといてくれ」がある。
僕はこの手の指示を全く理解できない。
「あれ」の定義が分からないので、やるべき仕事内容が分からない。
仮に「あれ」の定義が分かっても、それを達成する方法が明示されていない。
よって、仕事に取り掛かることができないのだ。
だから、「あれ」の意味について詳しく聞き返すんだけど、たいていはウザがられる。
そして、人の話を聞いてない奴に認定されて、周りから嫌われていくのだ。。。
一方、健常者は「あれ」の意味を察することができるらしい。
実際、「あれ」と言われてもその意味を聞き返すことはあまりないからね。
彼らの様子を見てると、直前の会話から「あれ」を推定できるらしい。
僕からすると、この推定ができる健常者はエスパーにしか見えない。
その超人的な能力を尊敬する一方で、ちょっとした不気味さを感じるよ。
僕の場合、指示代名詞が会話や文章に入ると、理解力が格段に落ちてしまう。
読書の悪癖の記事でも書いたけど、僕は代名詞を全部直訳しないと文章の意味を理解できない。
関連記事
だから、指示代名詞が使われた指示や雑談をされると、脳がキャパオーバーを起こしてしまうのだ。
嫌いな指示代名詞でも、文章の方がまだマシだ。
文章なら前のページに戻って、その指示代名詞を確認できるからね。
でも、会話の場合はその確認すらできない。
瞬時に、その指示代名詞を理解することが求められる。
以上のことがあるので、僕は口頭での会話が非常に苦手なのだ。
口頭での会話に疲弊するたびに、指示代名詞がなくなればいいのにと思う。
そして、指示代名詞の概念を消し去った世の中を作りたいよ。
まぁでも、実際に指示代名詞がなくなったら、会話が成り立たないけどね。
指示代名詞がなくなることは、繰り返し文が多くなることを意味する。
簡単だけど、その一例を下記に示そう。
下記のように指示代名詞を使えば、文章がスッキリして分かりやすい。
投資で成功するには、投資の歴史から教訓を学ぶことだ。
この学びが投資家を失敗から守ってくれる。
それが成功への近道だ。
でも、同じ文章で指示代名詞をなくすと以下の様になる。
投資で成功するには、投資の歴史から教訓を学ぶことだ。
投資の歴史から教訓を学ぶことが投資家を失敗から守ってくれる。
投資の歴史から教訓を学ぶことで失敗を防ぐことが成功への近道だ。
文章は基本的に前から後ろへと順方向で流れていく。
なので、指示代名詞がないと繰り返し分が増えて、文章が煩雑になってしまう。
実際に上の例は短い文章だけど、下の分は相当読みにくくなっていると思う。
そう考えると、指示代名詞の重要性が分かるだろう。
実際、僕だってブログを書いている時は、普通に指示代名詞を使っているからね。
消し去りたいくせに、指示代名詞には結構お世話になっているのだ。
ホント、我ながら自分勝手だと思うよ。
でも、指示代名詞の多い会話で疲弊するたび、指示代名詞が本当に憎く感じる。
そして、指示代名詞がなくなれよ!!!と心の中で叫んでしまうのだ。
ブログランキング参加中😁
面白くても面白くなくてもクリックお願いします🥺