サイドFIREに挫折しました。。。😵

(旧:一生ダラダラ生きるブログ)サイドFIREにたった1年で挫折。その末路をダラダラ書いてきます。

最近、周りからイジられることがなくなった👨‍🦲

どうも、だらだらです。

 

若い頃の僕はバリバリのイジられキャラだった。

 

当時の僕はどうしようもない無能だったから、失敗や粗相がかなり多かった。

 

失敗や粗相をそのままにすると、周りはその人に対して怒りの感情を持つようになる。

 

なので、失敗が多い人間は職場で嫌われてしまう。

 

でも、失敗や粗相をイジってもらって笑いに変えると、周りの怒りはだいぶ緩和される。

 

だからこそ、僕はイジられキャラに徹したわけだ。

 

常にひょうきんな態度を取り、どんな時も馬鹿にされるような接し方を心掛けた。

 

そうすると、ダメな奴認定されて、失敗しても怒られにくくなるのだ。

(呆れられてるだけなんだけどね。。。😅)

 

ただ、30歳を過ぎたあたりから、イジられる頻度が徐々に減っていった。

 

そして、36歳の今ではほとんどイジられることがなくなってしまったよ。

 

別に意識してイジられキャラを辞めたわけじゃない。

 

ただ、自然にそうなっていっただけだ。

 

前置きが大分長くなったけど、今回は僕がイジられなくなったことについて、記事を書いていきたい。

イジられなくなった理由🤔

そもそも何でイジられなくなったんだろう?

 

昔は毎日のようにイジられてたんだけどねぇ。

 

考えてみると、一番大きいのは年齢だと思う。

 

今の僕は年を取り、若者からオッサンにクラスチェンジした。

 

若者に比べると、やっぱりオッサンはイジりにくくなってしまう。

 

年を取ったと言うことは、それだけ年下の社員も増えると言うことだ。

 

いくら変人のオッサン社員でも、年下が年上をイジるのはハードルが高い。

 

よって、僕をイジれる人が少なくなったのはあるだろう。

 

あと、単純にオッサンはイジりにくいのもある。

 

日本は年功序列の意識が強い国だから、どんな無能でも年を取った人間を軽く扱えない傾向がある。

 

確かに、僕も年下の社員なら気軽にイジれるけど、年上の社員にはそれなりの気遣いをしてしまうからね。

 

これは周りも同じで、僕も年を取った分、イジりにくくなったのだろう。

 

あと、イジるネタが少なくなったのもある。

 

イジるにはそれなりのネタが必要だ。

 

ツッコミにボケが必要なように、イジりには失敗談などのネタが必要なのだ。

 

若い頃の僕は仕事の失敗が多かったから、イジる要素が満載だった。

 

でも、僕だって15年も社会人をやってれば、最低限の仕事はできるようになる。

 

そうすると、イジるネタがないから、イジられることがなくなるわけだ。

 

こう言った理由からイジられなくなったのかなぁと思ってます。

生きるのが楽になった🤗

若い頃にイジられキャラをやっていたのは、周りから嫌われるのを避けるためだ。

 

なので、好きでイジられキャラをしてたわけじゃない。

 

正直、周りから注目されて、承認欲求が満たされてた部分はある。

 

でも、イジられるのはストレスの方が大きかった。

 

誰だって馬鹿にされ続ければ、心に傷を負う。

 

それは自分からイジられに行っても変わらない。

 

毎日馬鹿にされてヘラヘラ笑っていたけど、内心では結構傷ついていた。

 

馬鹿にされないと職場にいられない自分が惨めだったよ。

 

でも、今はイジられることもなくなり、傷つくことはなくなった。

 

やっぱり、このストレスから解放されたのは大きい。

 

気持ち的にすごく楽になった気がするよ。

 

また、年の功なのか周りは普通に接してくれる人が増えた。

 

だから、僕もへりくだる必要もなくなり、自然体で人と話せるようになった。

 

その点でもすごく生きやすくなったかなぁと思ってます。

イジられないことに寂しさを感じる😥

基本的にはイジられなくなって良かったと感じている。

 

でも、イジられないことに対して、一抹の寂しさがあったりする。

 

確かに、イジられなくなって、表面的な人間関係に問題は起きなくなった。

 

でも、その分、親しい人間関係が作れなくなった気がする。

 

若い頃は僕を嫌いな人も多かったけど、少数ながら僕に目をかけてくれた人もいた。

 

失敗するたびに飲みへ誘ってくれたり、熱心に仕事を教えてくれる人もいたのだ。

 

でも、今の人間関係は良くも悪くも淡々としている。

 

嫌われることもないけど、好かれることもない。

 

そこに一抹の寂しさを感じてしまうのだ。

 

でも、おっさんになった今イジられても、笑いに持っていける自信がない。

 

オッサンの僕が昔のようにヘラヘラ笑っても、多分気持ち悪いだけだろう。

 

そう考えると、周りからイジってもらえることは若者の特権なのかもしれない。

 

よく怒られているうちが花だと言われてるけど、それと同じようなモノだろう。

 

そして、僕がイジられなくなったと言うことは若者ではなくなった証拠なんだと思う。

 

そう思うと、何だか悲しい気持ちになってしまうね。

まとめ😊

今回は僕が周りからイジられなくなったことについて記事を書いた。

 

イジられないことに気付いたのは、敬語を使われることが多くなったからだ。

 

職場の人にも麻雀仲間にも敬語を使われることが多くなった。

 

つい5年くらい前までは、タメ口で話されることが多かったんだけどねぇ。

 

やっぱり年を取っていくと、どんどんイジられにくくなるんだと思う。

 

それ自体は良いことだ。

 

しっかりと大人をやれてる証拠だし、何より馬鹿にされなくていいのは精神的に楽だからね。

 

でも、若者ではなくなってしまったと言う一抹の寂しさがある。

 

また、内心では少しはイジって欲しいと思ってしまう部分もある。

 

こんな複雑な気持ちだから、記事を書いたのかもしれない。

 

そんな気がしました。

 

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