サイドFIREに挫折しました。。。😵

(旧:一生ダラダラ生きるブログ)サイドFIREにたった1年で挫折。その末路をダラダラ書いてきます。

フラフラした生き方は若者の特権です😌

どうも、だらだらです。

 

「フラフラした生き方は若者だけの特権」だと思う。

 

30代後半になった今、そう考えるようになった。

 

若い頃は、このフラフラした生活が楽しかった。

 

でも、今の僕はおっさんになり、この生活にストレスを感じ始めている。

 

だからこそ、そんなことを考えるのだろう。

 

今回は「フラフラした生き方が若者の特権である」ことをテーマにダラダラと私見を語っていく。

年を取るとフラフラした生活に疲れる😫

僕のフラフラした生活は、最初から望んだモノじゃない。

 

どの会社でも仕事が長続きしなかった結果、自然とフラフラ生きるようになっただけだ。

 

でも、自然と行き着いただけあって、この生活は僕の性格に合っていた。

 

職場の閉鎖的な人間関係に悩む必要がないし、業務内容もころころ変わって飽きが来ない。

 

また、会社を辞めると解放感があり、その解放感は中毒性がある。

 

そんなこともあって、最初は嫌々始めたこの生き方だけど、次第に自分から楽しむようになった。

 

ただ、30半ばに差し掛かってから、この生活に段々とストレスを感じるようになった。

 

フラフラした生活は嫌なことを我慢しなくていいけど、代わりに職場や生活スタイルがコロコロ変わる。

 

この生活の変化にストレスを感じるようになったのだ。

 

僕はASDを持っていることもあり、環境の変化があまり得意じゃない。

 

でも、若い時は体力・気力ともに有り余っていた。

 

だから、苦手な環境の変化も楽しむことが出来たのだろう。

 

しかし、30半ばになると体力・気力がガクッと落ちる。

 

特に気力は目に見えて落ちてきており、新しいことを始める根気がなくなってきた。

 

そのせいか、若い時は楽しめていた転職を苦痛に感じるようになった。

 

正直なところ、今は安定したい気持ちが結構強い。

 

貧乏でつまらない生活でもいいから、変化の少ない生活を送りたいと思い始めている。

 

結局、僕がフラフラ生活を楽しめなくなったのは、加齢による体力低下で環境の変化を楽しめなくなったからだ。

 

そう考えると、フラフラした生活は体力の有り余っている若者の特権だと思うわけです。

ある程度の最適解が分かってしまった🙄

フラフラした生活にキツさを感じるのは年を取り、それなりの最適解を出せるようになった面もある。

 

若い頃は、自分の向き不向きが全く分からなかった。

 

そのせいで、向いてない仕事に就いて酷い目にあったり、人間関係で失敗することが多かった。

 

でも、年を取ったことで徐々に自分の適性を知り、今では最適解を出せるようになった。

 

そのおかげで、仕事が続くようになって、生活が安定したわけだ。

 

そういう点では年を取ることで、僕の人生はすごく生きやすくなった。

 

でも、それと同時にフラフラした生活が苦痛になってきた部分もある。

 

フラフラする生き方は、新しいことに首を突っ込みまくる生き方だ。

 

でも、今の僕は最適な行動を知っているから、新しいことに挑戦する必要がない。

 

今知っている知識だけで、それなりに楽しく暮らせてしまう。

 

そうなると、なかなかフラフラした生き方は難しくなる。

 

新しいことを始めるのは、基本的に大変なことだ。

 

必要がないのに新しいことを始めるには、強靭な意志力が必要だ。

 

そう考えると、フラフラした生き方は若者だけの特権だと思う。

 

若い人は人生経験が少ないから、自分の適性を知っている人は少ない。

 

行動する点において、知らないことは大きな武器だ。

 

知っていると足がすくんでしまうことでも、知らない人なら思い切って行動することができる。(実際、それらの行動が大きな偉業を生み出してきた🥰)

 

僕だって25社以上転職できたのは、自分の適性を全く理解できなかったからだ。

 

正直、もう一度同じことをやれと言われても、今の僕にはもうできないと思う。。

 

以上のことを踏まえると、やはりフラフラした生き方は若者の特権だと言えるだろう。

まとめ😎

今回は「フラフラした生き方は若者の特権である」と言うテーマで記事を書いた。

 

僕自身も社会人になってからフラフラと生きてきたけど、年を取るにつれてこの生き方はキツくなってくる。

 

特に35歳を過ぎたあたりからは、急激に行き詰まりを自覚するようになったよ。

 

でも、フラフラと生きてきたことに後悔はしていない。

 

この生き方になってしまったのは僕が望んだわけじゃなく、成り行きでなった生き方だからだ。

 

結局、僕がフラフラしてきたのは、無能すぎて仕事が続かなかったからだ。

 

もし、人並みに仕事ができる人間だったら、こんな生き方は絶対にしていない。

 

要するに、選択の余地がなかったわけで、そこに後悔が生まれるわけがないわけだ。

 

また、この生活をそれなりに楽しめたのも大きい。

 

今はこの生き方に多少の苦痛を感じてるけど、閉鎖的な空間で働くよりは100倍マシだ。

 

それに30半ばまでの10数年は楽しかったし、今だって少しは楽しめている。

 

そう考えると、一見ふざけて見えるフラフラ生活も悪くはない気がしている。

 

でも、やはりフラフラした生き方は若者の特権だ。

 

だから、フラフラと行動しまくる生き方は若者に譲り、僕は変化のないセミリタイアに移行しようと思います。

 

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