サイドFIREに挫折しました。。。😵

(旧:一生ダラダラ生きるブログ)サイドFIREにたった1年で挫折。その末路をダラダラ書いてきます。

不快じゃないことを続けるのが好きかなぁ?🥰

どうも、だらだらです。

 

質問箱にて以下のような質問を頂いた。

うーん、難しい質問ですねぇ。

 

そもそも僕は、幸せと言う概念が好きじゃありません。

 

だから、自分の幸せについて、考えたことがあまりないんです。

 

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でもせっかく質問を頂いたので、今回は自分が幸せについて考えてみます。

 

ただ、その前に前提を1つ書かせて下さい。

 

それは、幸福は2種類あると言うこと。

 

1つ目は今の幸福であり、もう1つは過去の幸福です。

 

前者は今まさに感じている幸福のことです。

 

例えば、大好物を食べた時のように瞬時に感じる幸福です。

 

一方、過去の幸福とは、のちに振り返った時に感じる幸福です。

 

例えば、学生時代の理不尽な部活体験が後々振り返ると良かったと感じる系の幸福です。

 

このように、一口に幸せと言っても、時間軸によって対象が全然異なります。

 

だからこそ、僕は幸福を2つに分けました。

 

今回はその前提で、僕の幸福を考えてみたいと思います。

今感じる幸福😊

僕は不快感には過敏に反応するんですけど、快感にはあんまり反応しないタイプです。

 

そのことを麻雀で説明します。

 

僕はラス(4着)を取ることが大嫌いです。

 

だから、ラスを引くとすごく嫌な気分になります。

 

4連続ラスを引いた日には、発狂して叫びたくなります。

(実際にはしないけど。。。😅)

 

逆に、トップを取ったり、役満をアガってもあんまり嬉しさを感じません。

 

以前、四暗刻単騎をアガったのですが、直前の僕があまりに普通だったので、同卓者から驚かれたことがあります。

 

確かに、役満の可能性が見えると、表情に出る人が多いです。

 

その点では、僕は珍しい性格だと思います。

 

僕の場合は役満をアガるよりも、ラス回避ができた方が快感度が高いです。

 

特にアガリ競争や裏ドラ条件でのラス回避は脳汁がドバドバ出ますからねぇ。

(それはトップが偉いフリー麻雀でも変わりません🤣)

 

この傾向を考えるに、僕の今感じる幸せは、不快感の回避にあると思います。

 

不快感がないことが、幸せなのだと思います。

 

とは言え、不快を回避するために、何もしないのもダメだったりします。

 

何もしないと無気力になって、それはそれでツラいですから。。。

(今回のセミリタイアで身にしみました😵)

 

よって、不快に感じない作業をやるのが、僕の短期的な幸せなのだと思います。

 

例えば、僕は長年ブログを続けていますが、大きな快感を感じることはまずないです。

 

どちらかと言うと、暇つぶしでやってます。

 

要するに、不快じゃない作業だから、延々と続けられているわけです。

 

また、ビルメンも同じようなモノです。

 

正直、ビルメンの仕事は好きだとは言い難い。

 

でも、この仕事が嫌いではないんです。

 

トイレ詰まりみたいな汚い対応も、不快感を感じることはありません。

 

だからこそ、もう10年近くビルメンを続けているのだと思います。

 

このように、僕にとっての短期的な幸せは、不快じゃない作業を続けること。

 

これが1番の幸せだと思います。

振り返った時に感じる幸せ🧐

僕は不快感を感じないことが、今感じる幸せだと書きました。

 

でも、時間軸が過去になると、その価値観は真逆になります。

 

当時は不快で嫌だったことが、振り返るとすごく幸せに感じるんです。

 

一番大きな幸せは、若い頃の受難の日々でしょう。

 

僕は学生時代からいじめられて、友達はいませんでした。

 

それでも、不登校にならずに、最後まで通いきることができました。

 

また、社会人になっても受難は続きます。

 

新卒の就職活動はリーマンショックのせいで、パチ屋にしか就職できませんでした。

 

しかも、職場が馴染めず3か月で辞めてしまい、その後も職を転々としてしまいます。

 

行く先々でクビになったり、退職に追い込まれました。

 

職を転々とすることは楽しかったです。

 

でも、親のすねを長年かじっていたので、そこは本当にツラかった。

 

死にたいと思ったことは、数えきれないほどあります。

 

でも、当時はツラかった思い出も、今振り返るとすごく幸せを感じます。

 

それは今の生活が安定したからじゃありません。

 

ーーーああ言った珍しい体験ができたことーーー

 

ーーーその失敗の1つ1つが今の自分を支えていることーーー

 

こう言ったことが嬉しいのです。

 

当時は本当に苦しかったけど、今では当時を青春だと感じています。

 

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そういう点では、僕が発達障害を持ったことや職を転々としたことに感謝したい。

 

そう思ってます。

 

やっぱり過去を振り返って、一番幸せになるのは、この時期を思い出すことです。

 

そう考えると、今の苦しみって幸福の種なのかもしれません。

 

その種が育って振り返った時、人は幸せを感じるのでしょう。

 

なら、死ぬまで何かをすることが大事になってきます。

 

そうすれば、死んだ後は楽しい思い出によって、幸せに生きることができます。

 

よって、僕の過去の幸せは、今を頑張って生きること。

 

それに尽きるのかもしれません。

まとめ😎

今回は自分の幸せについて、時間軸をずらして考えてみた。

 

普段、幸せについて考えないから、すごく新鮮な体験だったよ。

 

やっぱり幸せって難しい。

 

人によって感じ方が違うし、同じ人でも時間軸によって考えが全然違う。

 

そう考えると、幸せって多様すぎて、僕には理解できない。

 

でも、やっぱり今感じる幸せよりも、過去を振り返った時の幸せの方が大きく感じる。

 

人間は本能的に過去の記憶を過大評価する傾向がある。

 

だからこそ、今よりも過去の幸せの方が楽しく感じるのだ。

 

そう考えると、今の幸せも大事だけど、過去の幸せになる努力も大事だ。

 

誰だって死に際の後悔なんてしたくないからねぇ。。。

 

今回の質問を考えてみて、そんなことを考えました。

 

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