サイドFIREに挫折しました。。。😵

(旧:一生ダラダラ生きるブログ)サイドFIREにたった1年で挫折。その末路をダラダラ書いてきます。

生きづらいなんて当たり前なんですよ😤

どうも、だらだらです。

 

ここ10年くらい、生きづらさブームが続いている。

 

うつ病発達障害HSP…その時々によってブームになる病名は違う。

 

でも、自分の生きづらさを強調する点では、同じようなモノだと僕は思ってる。

 

まぁ、僕も発達障害を持つ身なので、人並み以上に生きづらさを感じてきた。

 

だから、この生きづらさブームにも、それなりに思うことがあったりする。

 

今回はこの生きづらさについて、僕の考えを記事にしていく。

生きづらいなんて当たり前😤

はっきり言って、生きづらさは障がい者や弱者の専売特許ではない。

 

障がいのない健常者だって、普通に生きづらさを持っている。

 

僕は長年クローズで働いてきたから、長年健常者と長年一緒に仕事をしてきた。

 

彼らの話を聞いてると、生きづらさを抱えてない人なんてほとんどいない。

 

家族仲が良くなくて家庭に居場所がなかったり、仕事がうまくいかなくて悩んでいる人が多い。

 

正直、健常者・障がい者を含めて、生きづらさを持たない人に会ったことがないよ。。。

 

以上のことを踏まえると、人生が生きづらいのは当たり前だと言える。

 

人生に関する事柄の多くのは、自分でコントロールができない。

 

例えば、子どもは親を選ぶことができない。

 

また、知能や運動能力だって遺伝的要因が大きいと言われている。

 

そうして見ると、努力が報われる人は少ないわけですよ。

 

だからこそ、誰しも生きづらさを抱えているのだ。

 

確かに、生きづらさの度合いは人によって違う。

 

漠然とした生きづらさを抱える人もいれば、生活に直結する生きづらさを抱えている人もいるだろう。

 

でも、誰しも生きづらさを抱えている。

 

生きづらいのは自分だけじゃない。

 

そのことは知っておいた方がいいと思う。

生きづらさは時に大きな武器になる⚔️

生きづらさのツライところは、人生の選択肢を狭めてくるところだ。

 

普通の人が選べる選択肢が選べない。

 

これは案外ツライことだったりする。

 

とは言え、選択肢が少ないことにもメリットはある。

 

それは、選択肢に悩む必要がなくなり、残された可能性に全力を注げることだ。

 

心理学によると、多すぎる選択肢は、逆に満足度を下げてしまうらしい。

 

参考記事

 

物事を選択する行為は、脳にとって負荷の大きい行為だ。

 

選択肢が多くなれば、必然的に負荷も大きくなり、選択に対してストレスを感じてしまう。

 

だからこそ、選択肢が多すぎると、満足度が下がってしまうわけだ。

 

一方、選択肢が少ない人は選択に対してリソースを割かなくていい。

 

その分、残された選択肢に全力を注げるから、その点は大きなメリットだろう。

 

実際、僕も制限があったからこそ、自分の人生を切り開けた感覚がある。

 

仕事で言えば、僕にはビルメン以外の選択肢がなかった。

 

それは自分が無能すぎて、他の仕事が全くできなかったからだ。

 

でも選択肢が1つしかなかったからこそ、業界にしがみついて仕事を頑張れた。

 

そして、自活や老後資金を勝ち取ったわけだ。

 

そう考えていくと、生きづらさも全部が全部悪いわけじゃない

 

時には強みになってくれることもある。

 

もちろん、生きづらさは基本的にない方がいい。

 

当たり前な話だけど、生きづらさを抱えることはツラいからねぇ。。。

 

でも、誰しも多かれ少なかれ生きづらさは持っているのだ。

 

それなら、生きづらさに絶望するのではなく、残された可能性に集中した方がいい。

 

そう思いますね。

生きづらいからこそ、人生は面白い🥰

1年間のセミリタイア生活を通して、痛感したことがある。

 

それは、人生を面白くするには、生きづらさが必要なことだ

 

この1年間は本当にストレスがない生活だった。

 

些細な不満はあったけど、正社員時代に比べれば、ストレスなんてないに等しい。

 

生活の全てがヌルゲー過ぎて、生きづらさを感じる場面がない。

 

そんな感じだったよ。。。

 

そんな素晴らしく見える生活にも、それなりの弱点がある。

 

それは何事に対しても無気力になってしまうことだ。

 

実際、僕はリタイア生活に入ってから、徐々に無気力になった。

 

正社員時代はよく麻雀を打っていたけど、リタイアしてからは全く打ちたいと思わなくなった。

 

また、リタイア後半にはブログすら書く意欲がなくなり、一時はストック記事がゼロの状態だった。(毎日更新が続いたのは奇跡だよ。。。🤣)

 

リタイア生活にストレスはなかったけど、この無気力状態がすごく嫌だった。

 

この虚無感まみれの生活を送るくらいなら、多少ストレスを感じた方がマシだと思ったのだ。

 

だからこそ、セミリタイアの生活にピリオドを打ったわけ。

 

ストレスを感じるには、生活の中に思い通りにならない部分が必要だ。

 

そして、その部分は生きづらさによってのみ、得られるものだと思っている。

 

思い通りにならないからこそ、生きづらさを感じるわけだからねぇ。。。

 

こう考えてくと、生きづらさは人生を楽しくするためのスパイスだ。

 

確かに、必ずトップが取れる麻雀なんて、全くやりたいとは思わない。

(単なる作業ゲーになってしまうからね。。。😵)

 

理不尽なラス(4着)があるからこそ、麻雀は楽しいのだ。

 

だから、生きづらさを悪い方向ばかりに考えるのは良くない。

 

そんな風に思ってます。

まとめ😎

今回は生きづらさについて、私見を記事にしてみた。

 

僕は明らかな弱者なのに、いつも厳し目の意見になってしまう。

 

本当は優しめの意見を書きたいんだけどなぁ。

 

そう思っているんだけど、これが率直な意見だから仕方ない。

 

このような意見になってしまうのは、僕が一般就労の経験しかないからだろう。

 

幸か不幸か知らないけど、僕は障がい者支援を受けたことがない。

 

健常者がはびこる社会で、ずっと自分なりに凌いできた。

 

発達当事者が健常者の社会を生きるのは、メチャクチャ大変ことだ。

 

だからこそ、厳し目な意見になってしまうのだと思う。

 

そういう点では、僕の意見は健常社会に偏りすぎている感があるかもしれない。

 

でも、一般社会の大半は健常社会で構成されている以上、これが発達当事者を取り巻く現実だ。

 

福祉とと言う盾を使わない限り、たいていの当事者はひどい目に遭う。

 

そう考えると、発達当事者はなるべく福祉の支援を受けた方がいい。

(僕は手帳が取れなかったから、仕方なくクローズで働いてるだけです😭)

 

関連記事

 

でも最初に書いた通り、生きづらさは病気を持つ人や障がい者の専売特許ではない。

 

健常者だって大半の人は、大なり小なりの生きづらさを抱えている。

 

そのことだけは、知ってほしいかなぁ。

 

そう思います。

 

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