サイドFIREに挫折しました。。。😵

(旧:一生ダラダラ生きるブログ)サイドFIREにたった1年で挫折。その末路をダラダラ書いてきます。

自分のペースが全然分からない🤯

どうも、だらだらです。

 

自分のペースで生きていきたい!!!

 

最近、そんな風に思うことが多い。

 

もしかしたら、僕の発言に矛盾を感じる人もいるかもしれない。

 

僕はセミリタイアした人間で、仕事もパートタイムだ。

 

そんな人間が自分のペースで生きてないなんておかしいと。。。

 

論理的に考えれば、全くもってその通りだ。

 

労働時間が減った分、僕の自由時間は確実に増えている。

 

自由時間は本人が自由に使える時間だ。

 

自分のペースで生きたいなら、自分のペースで生きればいい。

 

それが論理的な正論だ。

 

でも、現実的にはそれが全然できない。

 

前の記事でも書いたけど、何となく急かされながら生活している気がする。

 

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だからなのか、せっかくセミリタイアしたのに、精神的に全然落ち着かないんですよ。。。

 

今回は、「自分のペースで生きること」について、色々と考えていきたい。

自分のペースが分からない🥺

よくよく考えてみると、僕は自分のペース自体が、全然分かってない気がする。

 

今考えてみても、自分らしいペースって実感が湧かないもん。

 

自分のペースが分からないのなら、そりゃ自分のペースで生きるのは無理な話だ。

 

だから、セミリタイアしても疲れたり、逆に退屈してしまうことが多いんだと思う。

 

そもそも僕が自分のペースを分からないのはなぜだろう?

 

真っ先に思い浮かぶのは、今までの人生の中で余裕のある場面が少なかったことだ。

 

何度も書いてるけど、僕は若い時から職を転々としてきた。

 

当時は生計を立てるのに必死で、自分のことを考えている余裕なんて全くなかった。

 

とにもかくにも、社会に適合することに必死だったよ。

 

そして、それは仕事ができるようになっても変わらない。

 

仕事を続けるためには、本来の自分を押し殺す必要があるからだ。

 

素の自分のまま仕事をすれば、一般の仕事で働くのは難しいからね。

 

このように、僕は長年自分を押し殺す生活をしてきた。

 

そのため、自分のペースと言うモノを忘れてしまった。

 

そんな感じなんだと思う。

 

僕は自分の押し殺し方を身に付けることで、一般社会で生計を立てれるようになった。

 

社会不適合な自分を何とか社会の型にはめれるようになった。

 

ただその一方で、本来の自分が分からなくなってしまったらしい。

 

そういう点では、合わない社会に居座り続けたことで、本来の僕らしさを忘れてしまった。

 

このことを考えると、あるコピペを思い出す。

ピカチュウは10万ボルトを覚えたい…!
しかしピカチュウは技を4つ覚えているのでもう精一杯だ!
1…2の…ポカン!ピカチュウは鳴き声を忘れた。忘れてしまったのだ。
もう彼は二度と鳴くことはできなくなった。
力を得る代償として、自らの意思表示手段さえも失ってしまったのだった。

 

当時は意味が分からなかったけど、今ならこのコピペの意味がよく分かる。

 

無理して得た能力は、必ず代償がつきまとう。

 

スポーツ選手が身体を壊したり、過労によってうつ病になるのもこれと同じ原理だ。

 

僕の場合は無理して社会性を得た結果、本来の自分を失ってしまった。

 

そう考えていくと、僕の生き方は本当に良かったのか?と考えてしまう。

 

一方で、僕にはこの生き方しかできなかった想いもある。

 

若いころの僕は全く仕事ができなかった。

 

そんな僕に取れる選択肢は職を転々として、自分に合う仕事を見つけるしかなかったのだ。

 

まぁ、これはサンクコストによる認知バイアスかもしれない。

 

実際、障がい者雇用の就活をもっと頑張ったり、ニートになる生き方だってあったからね。

 

でも、当時の僕には数打ちゃ当たる戦法しか思いつかなかった。

 

そう考えると、どっちが良かったか分からなくなる。

 

とは言え、僕が僕らしさを忘れて、自分のペースが分からないのは事実だ。

 

なら、少しずつでもいいから取り戻していきたい。

1つ1つ考えていくしかない🤔

自分のペースを理解するにはどうしたらいいんだろう?

 

そう考えた時に参考になったのが、pha著『しないことリスト』だ。

 

参考図書

 

彼はこの著書の中で、以下のように書いている。

「しなきゃいけないこと」に追いかけられずに心に余裕を持って生きていくには、どうしたらいいのだろうか。

結局、自分の頭で「それは本当に自分に必要なのか」と一つ一つ考えていくしかない。

 

僕が自分のペースを知りたいのは、無理のない生き方をしたいからだ。

 

そして、そのためには一つ一つ考えるしかないと彼は言っている。

 

結局、何かを知ることに王道なんかなくて、一つ一つ考えていくしかないわけだ。

 

僕はせっかちなので、早く結論を知りたい気持ちが強い。

 

でも経験上、手っ取り早い答えは、間違っていることも多い。

 

実際、僕が自活の能力を手に入れたのは、問題に対して地道に向き合ってきたからだ。

 

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そう考えると、自分のペースを知るのも、一つ一つ向き合う方が確実なのかもしれない。

 

まぁ、今の生活を一つ一つ検証して、自分のペースを理解していきたい。

 

今はそう考えてます。

まとめ😎

今回は自分のペースで生きることについて記事を書いた。

 

この問題に気付いたのは、セミリタイアしたのに疲れることが多いからだ。

 

物理的には自由時間は増えているし、労働の負荷も減っている。

 

それなのに、何でこんなに疲れるんだろう?

 

そう感じることが結構あった。

 

それを繰り返すうちに、自分のペースが分からないことに気付いた。

 

そんな感じだ。

 

人生って本当に難しい。

 

やっと社会生活が送れるようになったと思ったら、今度は自分らしさが分からなくなるなんて。。。

 

孔子は中庸こそ至徳と言うけれど、僕はどうしても極端に傾いてしまう。

 

僕も自分のペースを知って、バランスのいい生活を送りたいですよ。。。

 

でも、それを探すのも良いのかもしれない。

 

至徳を習得してしまったら、やることがなくなってしまうからね。

 

そんなことを思いながら、自分のペースを一つ一つ模索していく。。。

 

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